ベトナムは治安の良い国と言われるが、犯罪がないわけではない。ひったくり、スリ、詐欺などの被害に遭う在留邦人もおり、公安当局によれば犯罪の凶悪化、悪質化、巧妙化が進んでいるとのこと。我々は何を注意すればよいのか。
まずは最新情報の収集を
ベトナムでの治安の現状と防止対策について、在ホーチミン日本国総領事館の大江健太郎領事に語ってもらった。大江氏はベトナム南部の在留邦人・日系企業等の安全対策を担当している。
大切なのは何より情報収集だという。まずは、在ホーチミン日本国総領事館のHPをチェック。トップページ左側の「安全情報」をクリックすると、「ホーチミン市での安全な生活のために」などの項目が並んでいる。これらの内容は大江氏が情報を集めて更新しており、最新情報も多い。在ベトナム日本国大使館であれば、トップページ上部にある「安全・医療」をクリックだ。
「知り合う人に聞いていますが、見ていない人がとても多いです。ここは日本ではなく異国であり、滞在の長い方は慣れや油断が禁物。ぜひ現状を知ってください」
海外への出張や旅行には、3ヶ月未満の滞在者などが対象の「たびレジ」に登録を。滞在先の大使館や領事館のHPから登録でき、現地の最新情報がメールで届く。大江氏はこれを実践しており、現地到着前に火災による非常事態宣言や集中豪雨による道路冠水などの注意喚起を受け取り、事前に準備できたそうだ。
「旅行ガイドブックも有効です。その国の特徴や、多発している犯罪、トラブル事例がわかりますから」
被害が多いバイクのひったくり
ここからはテロやデモ以外の、一般的な犯罪情勢について見ていく。邦人の被害で圧倒的に多いのはバイクでのひったくり。2人乗りのバイクが背後から近づき、後部座席の犯人がバッグやスマートフォンなどを奪っていく。
肩に掛けたバッグや、地図を見たり、Grabなどの手配中にスマホを取られる。バイクの後部に乗っての移動中に、胸ポケットのスマホを横のバイクに取られたケースも。対策は歩きスマホはせずに、配車アプリの手配中も周囲に気を配ること。
バッグの場合はたすき掛けをしていると、転倒して大怪我をする危険がある。日本ではひったくりで負傷させると路上強盗として凶悪犯罪になるため、犯人側も重罪を恐れて躊躇するという。だが、ベトナムでは窃盗の扱いなのでそれがないようだ。
「たすき掛けにするとバッグを守れると思う人もいますが、安全が最優先です。カバンは前に持ち、常に視界に入るようにするのがベスト。ネックレスなど高価なアクセサリーは身に付けず、現金やクレジットカードは最小限の携行にしましょう」
犯人は若い男の2人組が多く、スマホは位置情報がわかるのですぐに電源が切られ、SIMカードを抜かれて売られるとか。発生が多いのは南部はベンタイン市場周辺、グエンフェ通り、レタントン街など外国人が集まる場所だ。
犯人は出会い頭の被害者を襲う場合もあるが、金銭や高価なものを持っていそうな人、油断をしている人を探して尾行し、隙を窺って狙うことも多い。だから若い2人組が付いてきたり、うろうろしていたら、スマホは出さずに、バッグは前にして、隙を見せない。キョロキョロを周囲を見回すだけでも効果がある。すると彼らは次を探すし、近くにいる他の連中も諦めるという。
「逆に隙だらけの人は何度も被害に遭っています。これは偶然ではなく狙われているからです」
巧妙かつ種類が多いスリ
昨年から急増しているのがスリ被害だ。方法は色々だがレストランやカフェでは置引きが多数発生。被害者は日本人では女性が多く、置引きのことは知っていても、「高級店なら大丈夫」という安心感があるようだ。
「私も誰もいない席に荷物が置かれたシーンをよく見ますが、先入観を捨ててください。場所取りで荷物を置くなら、1人は残すようにすることです」
タクシー関連の被害も増加の一途だ。例えば、支払いで財布を出すとドライバーが手を入れ、料金以上の多額の札を抜いていく。あり得ないように思うが、旅行者や赴任したての在留者はドン紙幣の単位が大きいので、どの札を渡せばよいのか躊躇する。「俺がわかるから」と札を取られて、「親切な人だ」と思ってしまう被害者もいるそうだ。
「なぜ財布を開き、所持金を見せるのか。日本での支払いでそんなことはしないはずです」
彼らが狙うのは高額紙幣なので、円やドルなどの外貨が優先され、次に50万VND札。特に日本人は支払うときに後部座席から前かがみになって、財布を運転席に向ける人が多いそうだ。札だけ渡せば、ドライバーの手は財布に届かない。そして、助手席には乗らない。助手席を勧めるドライバーは怪しいと思うべきだ。
こうしたぼったくりタクシーは大手のマイリンやビナサンを模して、車体にカッティングのみを似せたロゴを入れる場合が多い。南部では観光地のベンタイン市場、戦争証跡博物館、タンディン教会(ピンクの教会)の周辺に集中しているそうだ。
配車アプリの偽タクシーでの被害もある。配車したものとナンバーが違っているが、「最近ナンバーが変わった」と言い訳されて、最後にメーターより高額な金額を要求されるなど。ナンバーが違っていたら乗らないこと。
スリには他にも、ポケットから財布やスマホを抜き取る、抱きついて相手が慌てている間に抜き取る、バッグの底をナイフで切って貴重品を奪うなどがあって巧妙だ。ハンカチを落として相手に拾わせ、注意がそれた間にカバンのファスナーを開いて、中身を抜き取るスリも。対策は、ズボンの後ろのポケットに財布やスマホを入れない。
「私は財布は前のポケットに入れて、ワイヤーでズボンとつなげています。そして、時々上から手で触れて確認しています」
去年から甦ったポーカー詐欺
2018~2019年で多発しているのはポーカー詐欺。過去にもよくあった手口で、最近はめっきり減っていたが、2018年から増加中。およそこんな方法だ。
犯人は街中で日本語や英語で声をかけ、理由を付けて自宅と称する場所に連れていき、食事を無料でふるまう。突然ディーラーなる人物が登場して、トランプ賭博が始まる。最初は少額で掛けて被害者は連戦連勝するが、掛け金が上がると連戦連敗。所持金がなくなり、借金まで背負い、ATM等に同行されて現金を引き出させられる。約400万円の被害に遭った人もいるという。
「日本で、出会ったばかりの名前も知らない人の家に行きますか? そこで賭博をするでしょうか。常識で考えればわかるはずです」
日本語で話しかけられたら怪しむこと。怪しいと思ったら相手にしない。ベトナムで賭博は違法なので公安に被害を届けても無駄であり、犯人もそれを承知した上でターゲットを探している。
危険!ナイトライフの冒険
ナイトライフでも被害が多い。クラブやガールズバーでは風船からガスを吸う「バルーン」。違法薬物なので公安に検挙されるし、下手をすると廃人になる。バーやカラオケでは偽ウィスキーや偽ブランデー。原価を下げるために工業用アルコールなどに色を付けて、空きボトルに入れて、ラベルを張り替える。粗悪品で死亡の危険性もある。店内や路上でたばこをもらい、吸ったら意識が朦朧となって、所持金などを盗まれるケースも。興味本位が身体の危機につながっている。
最後に、飲酒運転はしない。特に都市部ならタクシーも配車アプリもあって移動には困らないはず。今年の1月から飲酒運転を一切禁止する法律が施行され、罰金額も大幅に引き上げられた。ベトナムの交通事故は死亡に直結する場合も多く、飲酒運転は絶対にしない。
大江氏の個人的なネットワークによれば、日本人は他国の人より「カモ」にされているという。また、大使館や総領事館に連絡すれば助かると思う被害者もいるが、捜査権や逮捕権は持っていない。できることには限りがあることを知っておこう。
「ベトナムは住みやすく、日本人をリスペクトしてくれるベトナム人も多くいます。一方、ここは外国なので、日本とは常識や感覚が全く違うと自覚すべきです。生活には危機感を持って、自分の身は自分で守るのが基本。その上で、楽しいベトナム生活を送ってください」